「タダナラ系」

上顎や口蓋に対して舌が動く タ行・ダ行・ナ行・ラ行 を多めに取り入れた台本。


1 災害復旧

 荒々しい波が港と陸地を飲み込んだ。見るも無惨なものだった。村人たちは変わらぬ暮らしを送っていたのだろう。

 その人たちのためにと、たどたどしくも支援を続けていたのだが、詰まるところ何とも言えぬ結果だけが残り、彼は「ただただ手の中に虚しさがあるのみなのだ」と私に笑った。私も予想だにできぬ事態に同調する他なかった。

 多量の泥を掻き出しては掻き出しては、眠る。来れど暮れど終わらぬ日常。夢だと問いたいが、夢の中でさえ泥を掻いている。

 自分もその人たちと何ら変わらぬ。手前の尻を叩いて手を動かしていても、虚無だけが祟りのようにつきまとう。いっとう働く奴らから姿を消し、とうとうこの所(ところ)には彼と自分だけとなった。

「大丈夫だ。大体のことはどうとでもなるものだ」

 彼は手を止めず、磊落(らいらく)に笑う。それならばと、私も自らを律して手を止めなかった。私たちはお互い似ていた。雨に濡れようと、土砂の音(ね)で寝れぬとも、そこに出入りを続けた。同じなのだろう。同じなのだから、二人だけで残っているのだ。ここに。


2 まじない

 布を煮たのは、消毒なのだというので見逃したのだが、後(のち)になってその行為が隠れ蓑なのだということがわかった。大尉殿の乗る馬になど、何の問題もなかったのだと二等兵どもが噂していたが、神頼みを日ごとの営みとなしていた大尉殿のことだ、寝屋(ねや)の中にまじないの類いがひとつふたつなりあってもおかしくはない。

 なのだが、その一切がなく妙だと睨んでいたのは間違いなどではなかった。布の消毒はまじないの効力を消すためのものだったのだ。己を守るものが絶え絶えになり、祈りもろくに届かず、大尉殿は絶え間ない戦いの最中(さなか)に逃れることもできず、喉などを切られた。その最後を讃えるが如く、大尉殿の等身大の石碑が彫られ、その生涯はただ温かなものだったのだろうと綴られていた。


3 敵の情報

 あなた方は何をとち狂ったのですか。コードネーム「徒花(あだばな)」なのだというのならば、その証左を直ちに提出なさって、無理なのならば直ちに任務に戻るように。本当に彼の者が、あの花の名なのなら、あなたたちにはわからないかもしれませんが、あの日以来、未だ身許が明らかではない徒花の鼻の穴を明かすのが、我らが悲願だったのですよ。それでも甚だ腹立たしいことですが、今日(こんにち)まで徒花が誰(た)が手にも落ちていぬ意味をゆめゆめ油断なさらぬように。特に徒花の繰り出す「陽だまり」など食らおうものなら、たちまち身体はドロドロに溶け、あなた方は徒花の養分となりかねないでしょうからね。


4 老婆心

 打算のない行動は、時に他人を感動させ行動を起こさしめるのだが、他人の腹に打算の有る無しを判断するのは容易ではないので、せめて痛打を受けぬよう打算がないことはないとの考えで臨みたいところだ。予想だにしなかったことで傷つくことなど、誰も得しないのだから、たかだかその程度などと言ってくださるな。高を括っていると、程なく手痛いしっぺ返しを食らうこととなるだろう。だが、予めこのような予防線、人々が打算の下(した)で動いているものだと念頭に置いた行動を心掛けていれば私のようなことにはならないのだ。などと、老婆心からあれこれ言ったもののまだ貴方には伝わらないようなので、どれここらでひとつたとえ話でも交えて続きといこうじゃありませんか。


5 飲んだくれの父

 たちまち人たちのために働くのが世の常でありますが、父はそうではありませんでした。父はいつも私に言います。「バチが当たるかもしれんが、俺はそんなタチじゃないんだ。人たちのために働くなんてやってられるか。人だろうが犬だろうが誰が何したっていいじゃないか。俺だって何してもいいじゃないか」一度(ひとたび)酒が入るともう駄目でした。そんなとりとめのない駄文をタラタラと連ねるし、私はそれにただ相づちを打たねばならなかったのです。父の言うとおりです、父は大した人物ですと誤認させたまま、父が潰れるまで次の酒を渡し続けて、父の咽頭を酒に浸し続けることだけが、対処法だというのに気づいたのは中二の夏でした。


6 オン ザ 煮物

 煮物の上に載せるものについて日夜思案しています。煮物は日本の伝統的な料理で、幼きみぎりより食してまいりました。しかし煮物には白米のみが合うという周りの大人たちの言うのみを信じてはいません。煮物は確かに煮れば煮るほど肉も芋も柔らかくはなるのですけれど、煮崩れなど起こす二歩手前くらいが最高においしいのですけれど、白米以外にも合うものがあるはずなのです。煮物の上に載るに相応しい煮物に負けないように調理された煮物に勝るものを私は追い求めています。煮物に沈まず煮物に溶けることもない煮物に似ても似つかない料理を求めて私がたどり着いた答えは、結局煮物の上には、何にもないということだけでした。


7 でいだらぼっち

 「でいだらぼっち」をご存じですか? 「だいだらぼっち」「だいらんぼう」などの呼び名は多々ありますが、この場だと「でいだらぼっち」と呼称させていただきたく存じます。でいだらぼっちは山よりも巨大な大入道で、泥土を積んでは山を作ったなどと言われている伝承がございます。口伝の中ででいだらぼっちがどのような姿形を変えていったのか辿ることは甚だ高難度を誇るものですが、出で立ちが様々あるからこそ、でいだらぼっちは民俗学研究の一端として当用するのに持ってこいの題材だといえます。だからこそ、でいだらぼっちに関するデータを羅列するように、当・出井ゼミ(いでいぜみ)では出だしの課題として提出させることにしているのです。


8 姉と布

 布の足らない時は買い足してでも布を確保するようにとのお達しを姉上からいただいております。姉上はデザイナーなのですが、ひとりで切り盛りなさっているので、どうも人手が足りておらず、愚かな弟である僕などの手でさえ必要となさっているのです。勿論、姉上のお役に立てることが至極喜ばしいことなのですが、愚弟の僕は姉上の布の指示すらまともに聞けず、布の柄の過ちなどで無駄な布の購入をしてしまうのでした。姉上は布はいずれ使い道もあるからと笑って許してくれるのですが、姉上の優しさにのうのうと胡座をかくなど、どうしてできましょうか。

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