A・・・・(師匠)
B・・・・(弟子)
(場面設定)
魔術師×魔女見習い・・・人里離れた魔女の家
刺青師×家出少女・・・・刺青師の店
老齢の師×メリル・・・・老齢の師の家
B「師匠。お腹が空きませんか」
A「いいえ、お昼をつい先ほど食べたばかりでしょう」
B「じゃあ、喉は渇きませんか」
A「ずっとここで動かず退屈にあなたを眺めていましたので、汗ひとつ掻いてません」
B「じゃあ、気分転換なんていかがでしょうか」
A「それはいいですね。何の進展もないまま二時間も経ちましたので、そろそろ面白みが欲しいところです」
B「ですよね」
A「サンドイッチを作るのにベーコンを焼きたいので、ちょっと火を貸していただけますか」
B「何も変わっていないんですけれど」
A「はあ。まったくあなたは。弟子入りしてからもう半年経つというのに、未だにロウソクひとつ燃やせないだなんて。火属性魔法はそんなに難しいですか?」
B「うーん、なんかこうアタシの中でわき上がってくるものがないんですよねえ」
A「確かに燃えるイメージをなさいとは言いましたが」
B「あ、きっとあれですよ。ずっとじっとしてるからいけないんです。身体を動かさないと。ちょっと町まで下りましょうよ。買い出しのものとかあるでしょ、ほらほら」
A「町に出るのはひとりで自分の身を守れるようになってからです。忘れたのですか?」
B「でもでも二時間粘って無理なものはずっと無理だと思います。環境を変えてみると何かが変わるかもしれませんよ」
A「あなたに足りないのは集中力だと思います」
B「あ、配達のフクロウだ。師匠、おっきな小包を運んでますよ」
A「こら、話は途中ですよ」
B「でも荷物を受け取らないと。はいはーい、こっちこっち(走る)」
A「待ちなさい! ……今日もまた修行の成果ゼロですね。一体いつになったら一人前になってくれるのやら」
B「師匠。保護の魔法がかかってアタシじゃ荷物を受け取れません」
A「今行きます。……はあ」
修行開始から「二時間が経過している」という情報を元に演技をして欲しい。弟子は師匠の気を引くためにあの手この手で話題を変えてくる。子供の浅知恵と大人の余裕でキャラ同士の対比を見せたいところ。師匠の「忘れたのですか?」という台詞は言い方ひとつで深刻の度合いが変わる。途中で明確に二人の距離感が変わるので、距離感の演技が重要になる。
・魔術師は早く魔女見習いを一人前にしないと、魔女見習いは死んでしまう
・魔女見習いは魔術師をおちょくっている
・魔術師は魔女見習いをおちょくっている
・魔術師は実は魔法を教える能力がない
・魔女見習いは魔術が使えることを隠したい
B「お願いします、わたしを弟子にしてください」
A「あいにく弟子はとってない」
B「そこをなんとか。家も飛び出してきて、もう帰るところもないんです」
A「知るか。客じゃないのなら帰りなお嬢ちゃん」
B「お願いします。どうしても弟子入りしたいんです」
A「どうしてアタシのところに来た? お嬢ちゃんみたいな綺麗な子だったら向かいの仕立屋のほうが向いてるだろう。なんならあそこのオヤジに紹介してやろうか?」
B「ここがいいんです」
A「ここが何の店かわかってるか? 刺青を入れる店だ。お嬢ちゃんみたいに綺麗な肌を持った子が来るようなところじゃない」
B「知ってます。とても技術のいることですよね。あなたの彫った蓮華菩薩の画(え)を見てわたしとても感動して」
A「それなら絵描きにでもなるんだな」
B「絵描きじゃ駄目なんです」
A「あのな、ここは親からもらった身体に針入れて、それでも生きてかならない奴らのための店なんだよ。親と折り合いが悪いのかなんだかは知らないが、反抗期キメたいなら余所でやんな」
B「反抗期なんてそんなものじゃありません」
A「人様の身体に針を入れるってのはな、そいつのこれからの人生、覚悟を消えねえように刻みつけるってことなんだよ。お前みたいなガキにそれと向き合う覚悟はあんのか?」
B「あります」
A「はっ、そうかい。それじゃあ腕を出しな。特別にタダで彫ってやる。利き手だ。肩まで昇る龍にしようか。そんでその腕でお前のオヤジを殴り飛ばしてきたら弟子にしてやるよ」
B「わかりました」
A「おい、アタシは服を脱げだなんて言ってねえぞ」
B「背中に。これから背負っていきますから」
A「上等」
B「どうぞよろしくお願いします」
台詞の長い刺青師と短い台詞の家出少女の対比構図となっている。共に最後の台詞にあたる「背中に~」と「上等」という台詞が一番のキモになっている。刺青師は長尺から一転、ただの二文字にどれだけの感情を乗せることができるのかを楽しんで欲しい。また、この時点では家出少女は弟子入りの資格を得ているわけではないので、「よろしくお願いします」がどの意味になるかも重要なファクターのひとつ。
・刺青師は育ちのよい家出少女にどのように接してよいかわからず恐れている
・刺青師は家出少女と同じくらいの年齢の妹(娘)を過去に亡くしている
・「上等」「どうぞよろしく~」は背中に彫ることを承服したわけではない
・家出少女は刺青に興味が無く、刺青師に惚れている
・家出少女は刺青師の「オヤジを殴り飛ばす」要求を呑むことができず、これから死のうと思っている
・家出少女は刺青師に復讐のために近づいている
A「おやおや、どうしたの、そんなに慌てて」
B「その、私、師匠が倒れたって聞いて。もう長くないって本当ですか」
A「大げさね。それにどうせ健康でもそんなに長くはないよ、わたしは」
B「そんな早すぎます。私たち三人を育ててくださって、これからやっと自分の時間をゆっくり」
A「もう十分ゆっくりしたさ」
B「姉さんが今治療法をさがしています。兄さんも薬になる素材をさがして方々に。私は何もできることがなくて、ただおそばに駆けつけただけですが」
A「メリル」
B「すみません師匠」
A「何を謝るのですか」
B「私、一番不出来な弟子で、もしかして師匠はもう長くないのを知っていたから、私を兄さんや姉さんと同じタイミングで卒業にしたのですか」
A「あなたはもうできることをしていますよ」
B「何をですか」
A「あなたがわたしのところに駆けつけてくれたから、あなたの兄弟子と姉弟子は安心してわたしのための研究ができている。違いますか?」
B「それでも私だって、師匠のために役に立ちたかったです」
A「立っていますよ。あなたが来てくれたおかげで、わたしは最後のときを孤独に過ごすことはなかった。こんなに嬉しいことがありますか」
B「え、最後?」
A「あなたはいつだって人の心に寄り添った行いができる。魔法鍋はよく焦がしましたけど、あんなにやさしい味の魔法薬はわたしの長い人生の中で初めてでしたよ」
B「師匠、足が。嘘」
A「ふふ。あなたが大急ぎで箒で飛んでくるのが見えましたから、年甲斐もなく頑張っちゃいました。魔法を使わない魔法ですね」
B「師匠、どうしよう。兄さんたちに、でも」
A「メリル、手を」
B「はい」
A「ありがとう。自信のないあなたは、わたしの誇りでした」
B「師匠。お世話になりました」
死別はわかりやすく切ないシーンを作ることができる。ただ使いやすい素材であるが故に陳腐にならないように空気感づくりには十分に気をつけなければならない。死を悟った師匠の演技も楽しいと思うが、メリルの演技が重要である。最後は「師匠」と三度呼ぶ台詞を設けているのでどう活用するかが鍵。不安や疑心暗鬼、無念、驚き、焦り、感謝、さまざまな感情による変化をつけることができる。
・老齢の師はメリルに対して、嘘をついている(本当は不出来だと思っている)
・老齢の師はメリルから力を奪い取って、別場所に転移しようとしている
・メリルは最後まで自信を取り戻さなかった
・メリルの目的は老齢の師の治癒ではなく「卒業できた理由」を問い詰めることにある